わたしはほとほと疲れていた。
会社をやめて、その後半年間はなにもせず、失業手当が終わる頃にようやく重い腰をあげて仕事を探し始めた。
正社員として腰を据えて働く気にはなれなくて、時給が安くてもいいから徒歩で通勤できてなんとなくたのしそうな仕事を探した。
向上心などなくて、半ば諦めにも近い気持ちで、ただひとりでひっそりとストレスの少ない生活をしたかった。
そして希望どおり近所で仕事を見つけた。
そこで出会ったのが彼だった。
笑顔が素敵な人だと思った。
この人に近づきたいと思った。
他人と深く関わろうとすることは、自分の安全圏から飛び出す第一歩だった。
迷いはなかった。
このまま自分を安全なところに閉じ込めて、幸せでも不幸せでもない日々を送るより、冒険したいと思った。
それに、死ぬ時に思い出す思い出は多いほうがいいと思った。
わたしは初めて人に「わたしと友達になってください」と言った。
あの日から1年が経った現在、わたしたちは付き合っている。
彼がそばにいてくれる日々の中で、わたしはこれまでに感じたことのない安らぎと深いつながりを感じている。
もちろん不安もある。
特に彼が若いゆえ、自分が先に老いていくことへの恐れや憂い、美醜へのとらわれは、常に消えない。
わたしたちはきっといつか別れる。
人生のステージがちがいすぎる。
だけど、たとえどんな終わりを迎えても、この恋を後悔することはないと思う。
もしあのとき、この恋に飛び込まないで今でもひとりでいたら、きっとわたしは今とはちがう人間になっていたと思う。
わたしの中にあるやさしさやおもいやりや素直さや誠実さを、引き出して育ててくれたのはまちがいなく彼だから。
たまに、彼がわたしじゃない誰かと子供と3人で歩いてる姿を想像して、そうなってくれればいいと思うことがある。
彼には幸せに生きる才能がある。
わたしがとなりにいない彼の未来の幸せを願っている自分に気づいたとき、わたしは今ようやく人を愛することができたのだと、少しだけ誇らしくなった。
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